「台湾原住民族を学ぼう」台湾をもっと深く知る旅へ。
このシリーズでは、台湾に暮らす16の原住民族を部族ごとに紹介し、台湾の多様で奥深い文化の魅力をお届けします。
今回ご紹介するのは、「太魯閣族(下記、タロコ族)」。
前回取り上げたタイヤル族の“親戚”とも言われ、日本統治時代にはその支族とされていた彼らは、2004年に台湾政府から12番目の独立した原住民族として認定されました。
そして、「タロコ」の名を聞いてピンとくる方もいるかもしれません。そう、台湾屈指の絶景スポット「太魯閣(タロコ)国家公園」は、彼らの伝統的な居地でもあります。昨年4月の花蓮地震では特に大きな被害を受けた地域で、現在も復旧が続いています。
今回は、タロコ族の歴史や文化の基本情報に加え、実際に足を運んで文化を体験できるお店やスポットもご紹介。
観光だけでは見えてこない、彼らの知られざる魅力にふれてみませんか?
台湾原住民族「タロコ族」を学ぼう

1.人口と分布
台湾原住民族委員会の統計によると、台湾に暮らす原住民族は、2025年2月時点で約61万人。これは台湾の総人口の約2.6%にあたります。
その中で、タロコ族の人口は約3万5千人。主に花蓮県北部の秀林郷や卓渓郷に暮らしています。もともとは中央山脈の西側、南投県仁愛郷にルーツを持ちますが、17世紀ごろ、人口の増加や漢人入植による耕地不足を背景に、現在の花蓮地域へと移り住みました。
また、タロコ族に限らず、多くの原住民族に共通することですが、近年では台北など都市部に移住する若者も増えています。
◆地震から1年経ったタロコの今
2024年に花蓮沖で発生した花蓮地震から1年。
この節目にあわせて、太魯閣国家公園の公式YouTubeチャンネルでは、ドキュメンタリー動画『家路へ―タロコ』が公開されました。この映像は、地震直後からタロコ国家公園管理処が行ってきた救助・調査・復旧の取り組みと、そこに関わった人々の想いを丁寧に記録したものです。1年間の復興の軌跡が、美しい映像とともに綴られ、タロコ族の方々もたびたび登場してコメントを寄せています。(中国語・英語)
2.社会構造・伝統文化

◆ 社会構造
タロコ族は父系社会を基盤とし、「家(qutang)」という単位を重視します。家名や家系の名誉は、個人の行動や人生にも大きな影響を与えます。また、女性たちは機織りの技術に長けており、その高度な技術は現代でも伝統工芸として高く評価されています。
◆イレズミ文化
タイヤル族と同じく、タロコ族にもかつては顔にイレズミを入れる独自の文化が存在していました。これは成人の証や、勇気・技術の象徴とされ、女性は織物の技術が認められると、顔に紋様を施されました。男性も、戦功などによって入れ墨を受けることがありました。
このイレズミは単なる装飾ではなく、祖先の世界へ向かうための「通行証」と信じられており、誇りある文化的シンボルでもありました。
現在は施術こそ行われていませんが、無形文化財として保護・継承されており、花蓮県・苗栗県では「紋面伝統」が指定文化財に認定。文化資産局も保護活動を続けています。
◆伝統的な信仰や禁忌
タロコ族には、「ガヤ(Gaya)」という先祖から受け継がれる生き方の指針があります。
これは祭事、儀式、禁忌、さらにはイレズミの習慣まで、生活全体を律する精神的なルールです。
文字文化を持たなかった時代から、「ガヤ」は口頭で伝えられ、集落全体が守るべきものとされてきました。
日々の農作業、狩猟、婚礼や葬儀といった暮らしの中にも根付いており、今もなお、タロコ族の人々の心のよりどころとなっています。
3.言語

タロコ族が話す「タロコ語」は、オーストロネシア語族に属する言語です。タイヤル族と文化・言語ともに非常に近い関係にある一方で、現在ではそれぞれ独自の発展をとげ、別の言語として扱われています。
また、「タロコ族はタロコ語しか話さない」わけではなく、実際には多言語環境の中で暮らしています。高齢者世代の中には、かつての日本統治時代の影響で日本語が話せる人もいれば、若い世代は日常的に中国語(台湾華語)を使用しておりタロコ語を話せない人も増えています。そのため、近年では学校や地域での族語復興活動も進んでおり、失われつつある言語を次の世代へと受け継ぐ動きも活発になっています。
▶「原住民族語樂園」のサイトでは、各原住民のコトバを学習するための動画が公開されています。
4.年間儀式

タロコ族の年間儀式として行われているのが、「播種祭(種まき祭)」「収穫祭(感恩祭)」「祖霊祭」です。
◆播種祭(種まき祭)
時期:3月頃の春先、種まきの時期に行われます。
目的:新しい生命の誕生を祝うとともに、豊作を祈願する儀式です。
◆収穫祭/感恩祭
時期:収穫の時期、特に小米(アワ)の収穫後に行われます。
目的:一年の労働の成果を感謝し、豊作を祝う儀式です。
◆祖霊祭(先祖の慰霊祭)
時期:毎年7月、アワの収穫後に行われます。
目的:先祖の霊を慰め、感謝の気持ちを表す儀式です。
これらの儀式は、タロコ族の生活と自然との調和を象徴しており、代々受け継がれてきた大切な文化遺産です。各儀式は、家族やコミュニティが一堂に会し、歌や踊り、祈りを通じて行われます。
◆注意点
原住民族全体に言えることですが、それぞれの地域によって厳格なルールや禁忌事項が存在します。一般の方が参加する際は、地元の文化や風習を尊重することが何より大切です。
5.伝統衣装と楽器
◆伝統的な衣装

タロコ族の織物は、その繊細で独特なデザインが特徴で、部族独自の美意識が色濃く反映されています。タイヤル族と同じく、伝統的にカラムシ(苧麻)を原料にした麻布を使い、女性たちが植え付けから収穫、繊維の糸紡ぎ、染色、そして水平背帯織機による織布まで、すべての工程を丁寧に担ってきました。

特にタロコ族の織物には、黒や赤系を基調とした複雑な幾何学模様が多く見られます。中でも「菱形模様」は祖先の目を象徴し、魔除けの力があると信じられています。この模様は衣服のみならず、肩掛け布やベルト、帽子などの装飾品にも用いられ、生活や祭礼の場で重要な役割を果たしています。
◆伝統的な楽器
「口簧琴(コウホァンチン)」は、タロコ族にとって伝統的な楽器の一つであり、タイヤル族と同様に、コミュニケーション手段として敵の接近を知らせるためや、自然の中で祖先の霊とつながるため、儀式や恋のやりとりなど、さまざまな場面で用いられてきました。
耳に残る「ブィーンブィーン」という不思議な音色をこちらの映像でぜひ聞いてみてください。
6.タロコ族出身の有名人

◆徐詣帆(シュウ・イーファン/タロコ語:Bokeh Kosang)
タロコ族の出身の俳優。代表作は、魏徳聖(ウェイ・ダーシェン)監督による歴史映画『セデック・バレ』で、主人公モーナ・ルダオの息子である花岡一郎役を熱演し注目を集めました。民族の誇りやアイデンティティを体現するその演技は高く評価され、台湾映画界で存在感を示しました。俳優活動以外にも、台湾原住民族の文化や歴史を広く伝える役割も担っており、文化的意義のある人物として知られています。
◆映画『セデック・バレ』について
2011年に台湾で公開された歴史映画『セデック・バレ(賽德克・巴萊)』は、実際に起きた「霧社事件(1930年)」を題材にしています。日本統治時代、セデック族のリーダー・モーナ・ルダオが、日本の支配に抵抗し立ち上がった姿を描いた作品です。民族の誇りや信念、自由を守ろうとする壮絶な戦いが迫力ある映像で描かれ、台湾映画史に残る大作として高く評価されました。
(タイトルの「賽德克」は民族名セデック族のことを指します。セデック族については次回紹介します)
7.おすすめスポット&お店
さいごに、タロコ族の文化にディープに触れることのできるおすすめのスポットやイベントを紹介します!
◆Shalom-sabar部落 bar

台北・林森北路にある原住民族バー「Shalom-sabar部落 bar」は、タロコ族出身の台湾人と台湾が大好きな日本人が開業した台湾原住民族の文化を楽しめるバーです。

お店では小米(アワ)酒など原住民族の間で広く飲まれているお酒や原住民族料理を味わえるほか、タロコ族をはじめ、アミ族やタイヤル族など多様な原住民族の音楽やダンスも楽しむことができます。東部や山奥まで行かなくとも、台北の都心部で誰でも気軽に原住民族文化を身近に感じられる特別な場所です。
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◆那都蘭工作坊

花蓮県秀林郷に位置する、タロコ族の伝統織布文化を継承・発展させる工房「那都蘭工作坊(ナドゥラン工作室)」。創設者の胡秀蘭(フー・シウラン)さんは16歳から織布を学び、太魯閣族の伝統的な模様や技法を現代の生活用品に取り入れた作品を制作しています。飛び込みで行ったにも関わらず快く工房に招いてくださりお話しを伺うことができました。


部屋には胡さんが作った作品がズラリと並んでおり、作品に使われている織り布も苧麻(カラムシ)を用いてご自身で作られているのだそうです。

予約制で伝統織布の体験ワークショップも開催しており、ミニ織機を使ってオリジナルの織物を作成することができます。胡さんは日本語も達者なので希望すればワークショップも日本語で教えてもらうことができます。体験を通して文化への理解を深めることができるので、ぜひ気になった方は足を運んでみてくださいね。
▶最新情報は、公式Facebookページをご覧ください。
◆イベント「2025太平洋南島聯合豐年節」

花蓮市・徳興運動場横の大草原にて毎年夏に開催される、原住民族文化の一大祭典「太平洋南島聯合豐年節」。
今年は7月18日(金)~20日(日)に開催されることが発表されました!

このイベントは、花蓮に暮らす6つの原住民族(アミ族、タロコ族、セデック族、ブヌン族、サキザヤ族、クバラン族)の文化の発展と継承を目的として行われており、伝統舞踊や音楽、手工芸、料理などが一堂に会する貴重な機会です。タロコ族の踊りや織物文化に触れられるブースもあります!
ステージではプロのパフォーマーたちによる圧巻のダンスや音楽、広場には400以上の出店が並び、民族グルメや手工芸品、農産物、集落観光紹介など、1日では回りきれないほどの充実ぶりです。


原住民文化に興味がある方はもちろん、花蓮の夏を楽しみたい方にもおすすめのイベント。早めに観覧スペースを確保すれば、迫力満点の踊りを間近で体感できますよ。
▶公式Facebookで最新情報をチェック!
以上、タロコ族の暮らす地域はアクセスが難しい場所も多いため、「訪れるのは大変そう」と思われるかもしれません。でも、今回ご紹介した台北の原住民バーや、花蓮市内で行われる観光客向けのイベントなど、比較的アクセスしやすい場所でも台湾原住民族の文化に触れられる機会が増えてきています。気になる場所を、自分のペースで巡ってみてくださいね。
まだまだ奥深い台湾原住民族の世界。アミ族、パイワン族、タイヤル族に続いて、今回はタロコ族をご紹介しました。
次回は、タロコ族と同様にタイヤル族から枝分かれし、政府により独立した民族として認定された賽德克族(セデック族)について取り上げる予定です。
台湾原住民族について学ぶことで、きっと今までとはひと味もふた味も違った台湾の魅力に出会えるはず。
その奥深い世界を、ぜひご自身の目で、耳で、そして五感で感じてみてください!
筆者プロフィール

加賀ま波(MAHA)
台湾大好きライター│ハンドメイド作家
著書に『台湾を自動車で巡る。台湾レンタカー利用完全ガイド』(なりなれ社/KKday・budget協賛)、『慢慢來 あの日の台湾210days』(想創台湾)がある。
2011年、はじめての台湾旅行中に東日本大震災が発生。台湾から見た日本の情景と、自分自身の台湾への無知さとの乖離に違和感を感じ「台湾をもっと知りたい」と思うようになる。同年、嘉義県大林のボランティア活動に参加し、台湾人の温かいおもてなしとキテレツな文化に触れ、帰国後もずっと台湾のことが頭から離れなくなる。その後も渡台を繰り返し、2021年のコロナ禍にワーキングホリデーと留学の夢を叶える。
現在は、美麗(メイリー)!台湾の専属ライターとして、取材執筆、SNS運営、イベント運営などを担当。個人の活動では「想創Taiwan」というブランドを展開、原住民レースなどでオリジナル雑貨を創作し日本各地の台湾関連イベントで販売中。HP・通販/Instagram